山内香雪(やまうちこうせつ)、市河米庵(いちかわべいあん)に書を学んだ梧竹は、師匠の影響を受け、唐様(からよう)のかざり気のない作品を残しています。
明治11年長崎で清国人の余元眉(よげんび)と出会い、日本で初めて六朝風の書を書きました。
明治15年56歳のとき、清国にわたり潘存(はんそん)のもとで書にはげみました。
六朝風の書体からぬけ出して、独自の作風を確立しました。
この頃は長鋒筆(穂先の長い筆)を使っています。
梧竹は、独自の連綿草書を創造しました。
連綿と続く字の美しさと合わせて、余白にも美しさを見る事ができます。
梧竹は、80歳をすぎて、さらに書の奥義を極めようと、中鋒筆・短鋒筆を多用するようになりました。
86歳頃から、中鋒筆・短鋒筆からさらに超短鋒を用いるようになりました。常に、新しい可能性を模索しつづける姿を見ることができます。
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